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製造業の DX に 3D で貢献する|05.現場の現場による現場のための VR とは
2020年6月11日
05.現場の現場による現場のための VR とは
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 鳥谷 浩志
4月~5月の緊急事態宣言で、多くの会社で在宅勤務を強制的に体験することになりました。在宅勤務を表現するのにメディア上には、テレワークとリモートワークの二つの言葉が現れます。不思議に思って調べてみると、テレワークとは 「オフィス主体で働き、時に外出先付近の喫茶店など遠隔で仕事をすること」、リモートワークとは 「自宅やリモートオフィスを主体に遠隔で働き、時にオフィスに出社すること」 と英語でのニュアンスは異なるようです。職場の 3密を避けるという意味ではリモートワークの方がより強力でしょう。これをモノを扱う製造業で推進しようとすると、現地現物とどう向き合うかが壁になります。今回はこれを VR でどう扱えるか考えてみましょう。
現場で使う VR の実際
前回、現場で使えることを目指す XVL VR のコンセプトとして、準備レス、実機レス、設変レスを説明しました。製品出荷を始めたばかりなので、本格的な利用はこれからですが、先行導入各社の典型的な利用方法をご紹介しましょう。あるユーザーでは工場の出荷検査で利用しようとしています。実機で検査していた際のチェック項目は数百項目にも及びました。このうち、なんと約半分は VR で評価可能だったと言います。実機完成前に半分のチェックが終わっていれば、その分リードタイム短縮が見込めます。ちなみに、実機でしか確認できなかったのは、手触りや微妙な色合い、振動や音といった現物ならでは評価ポイントでした。ここでは XVL VR の “実機レス” のコンセプトが高く評価されました。
別のユーザーでは全国に散らばる拠点で経験の浅いサービスパーソンが、バリエーションの多い製品のサポートをしなければならないと言います。サービス品質がバラつけば、顧客クレームとなります。しかし、拠点の研修センターには古い機種しかなく、本社の研修センターでさえすべてのバリエーションの実機が揃っているわけではありません。こういう場合こそ VR が有効です。たとえば、まずトラブル件数ワースト 5 の機種を対象に、設計に 3D デジタルツインを準備してもらいます。拠点の研修センターで VR を使って、事前学習してからトラブル発生先の顧客に向かえばよいのです。これで効果が上がれば、もっと多くの 3D デジタルツインを準備してもらえばよいでしょう。全国津々浦々、的確かつ均質なサポートができる体制が整い、社員は仕事に自信を持ち、顧客満足度も向上してくるでしょう。
計測するなどして、手間ひまかけて独自に作成したようです。生産性を重視する現場で利用する VR では、製品の 3D CAD モデルを 「そのまま」 利用するのが現実的です。
現物を遠隔で VR 体験するには?
VR 機器は普及機に入り導入も設置も簡単になっています。3D デジタルツインを XVL で準備してあれば、準備レスの VR は即座にスタートできます。一方、工場に行けば古い建屋や改善改善で元の図面とは大きく異なる現場があり、これには対応するデータがありません。このような現場の現地現物も、今日では、3D スキャンすることで、点群(空間内の点の座標の集まりとして 3D 形状を表現する手法)によってデータ化することができます。各点は色情報も持つことができるので、現地現物をありのままに 3D データで再現できます。実際にスキャンした点群による 3D 工場の中を VR で体験したビデオを下記に紹介しましょう。
実際にヘッドマウントディスプレイをかぶって体験してみると、まさにオフィスや自宅が工場の現検討しているユーザーもいます。新型コロナ時代にはこんな利用方法も考えられます。仮に武漢に重要な部品を製造する工場があったとします。武漢がコロナ対策で封鎖されたとして、工場再開時にそこでトラブルが起こった場合、技術に詳しい日本人技術者が入国できないとしても、3D 場に変わります。その臨場感には驚きます。
XVL VR を導入したユーザーには、製品を 3D モデルとして設計し、工場設備は 3D 点群として計測し、統合して VR 検討しているユーザーもいます。新型コロナ時代にはこんな利用方法も考えられます。仮に武漢に重要な部品を製造する工場があったとします。武漢がコロナ対策で封鎖されたとして、工場再開時にそこでトラブルが起こった場合、技術に詳しい日本人技術者が入国できないとしても、3D スキャンデータあれば、VR で現地エンジニアと工場イメージを共有しながらトラブル回避策を検討できるでしょう。さらに踏み込んで、日本に製造拠点を移設してしまう場合にも、この 3D データは有効でしょう。サプライチェーン問題解決にも貢献できるかもしれません。新型コロナが新興国に急速に感染を広げる現在、このようなことは世界の至るところで起こる可能性があります。
[技術コラム]なぜ XVL VR だけが準備レス、実機レスを実現できるのか?
前回のコラムを読んだ方から質問がありましたので補足します。少し技術的になるので、読み飛ばしてもらっても結構です。現在の VR の手法には、「ポリゴン変換方式」(CAD モデルをポリゴン形式に変換して VR で利用するもの)と、「CAD キャプチャ方式」(CAD で表示されている OpenGL ポリゴンのデータを外部からキャプチャして VR で表示するもの)の二つに大別することができます。このどちらもポリゴンという三角形の集まりで形状を表現しています。
CAD は曲面形式でデータを持ちますが、表示上はポリゴンを利用しています。CAD 内部では、精度を指定して曲面をポリゴンに変換してから 3D 形状を表示します。精度を上げるとポリゴン数は指数関数的に増えていきます。2次元の円で考えれば、円を四角形で近似するのか、八角形か十六角形か、、、ということです。精度を下げると円がカクカクになり、精度を上げると表示は綺麗になりますがデータ量は大きくなります。したがって、巨大な 3D モデルをVR表示するには、試行錯誤しながら手作業でポリゴン数を減らしていく必要があるのです。これでは、準備レスになりません。また、表示形状も実機とは異なってしまうので、実機レスにもなりません。
図に XVL とポリゴン形式の違いを示します。ここではポリゴン形式として 3D プリンタで利用される標準的に利用される STL フォーマットを利用しています。図のように XVL は STL の 1/100 のデータサイズで、より精密な形状を表現できます。XVL は曲面レベルの精度でデータを持ちながら、曲面データを持たずに再現するという 3D 軽量化技術です。もともと CAD で扱えないような大規模データを表示する目的で開発されたので、自動車の実機レベルのフルのアセンブリモデルを VR 表示することができるのです。
「ポリゴン変換方式」 は 3D の精度を必要としないコンテンツ、たとえば、高所からの落下体験による安全教育用のコンテンツを作成するといった用途に適していると言えるでしょう。また、「CAD キャプチャ方式」 は、CAD で表示できるものだけを VR で扱うことができます。したがって、設計者が CAD で表示しているモジュールレベルの形状を VR でサクッと見る用途には適しています。一方、CAD で表示できないような大規模モデルは VR にもっていくことができません。したがって、生技や製造部門のように製品全体を組み立ててみる、あるいは、動かしてみるといった、エンジニアリング視点での検証には不向きなのです。普及型 VR 機器の設置が簡単になった今、大容量 3D で即座に確認できる XVL VR はこれらの点で実用性に優れていると言えます。
実機レス VR を実現するための二つの条件
さて、話を戻して、実機レスに関わる問題を深堀してみましょう。実は、実機検討を VR で置き換えるには、二つの条件、① VR で見た 3D 形状が実物大に見えること、 ② 3D 形状と自分との距離感が正しく体感できることをクリアすることが必要です。実物大で見るだけなら今の VR でもほぼ可能ですが、距離感を体感するためには VR 空間に入り込んでいる自分の体を体感できる必要があります。具体的には、自分の手や足で、仮想の 3D モデルとの距離を感じられることが重要です。
先のビデオの中に、手のモデルが表示されたのに気付いたでしょうか。あれは手の位置をセンサーで認識して、それを CG で再現したものです。3D モデルの工場と重ね合わせて表示することで、距離感を感じることができます。このような技術は MR(Mixed Reality:複合現実)と呼ばれています。VR は仮想世界に自分を没入させることができますが、MR になると、仮想モデルの中に没入する自分を確認したり、仮想の世界に現物を置いたり、仮想モデルを現物として体感したりといったことができるようになります。
XVL MR の実際
ラティスでは MR に関してはキヤノンの MR ディスプレイ、MREAL* に対応したソフトウェアを提供してきました。仮想の工場内を歩き回ったり、そこで本物のカートを移動させ干渉を見ることで、カートが移動可能かどうかをチェックしたり本格的な複合現実の世界を体感することができます。
* 「MREAL」 はキヤノン株式会社の商標または登録商標です。
以前、造船メーカーの幹部の方から、大型船の船体だけ製造した後、船の上物の設計モデルを MR で見せることができれば、船主さんに効果的なプレゼンテーションができるのではないかという提案をいただいたことがあります。確かに船のような高価なものであれば、複数のモデルを準備して、実際の船の上で体験してもらい、比較検討してもらうという価値はあるでしょう。こういう実物と仮想を統合できるのが MR の大きな魅力です。一方、ここまで大がかりなものは製造現場ではなかなか受け入れられません。
ラティスでは、もっと手軽に VR 環境の中で MR 機能を利用できるようにしたいというニーズに対応した開発も進めています。手や足、壁など周りの形状を認識できるセンサーも高性能で廉価なものがどんどんと提供されてきています。これと XVL VR を統合することで、より身近に MR 機能を利用できるようになるのです。触覚デバイスが一般化してくれば、部品形状に触れることも可能になります。このように XVL VR による実機レスの世界も現実のものになりつつあります。
さらに、新しい働き方を実現する VR とは?
リモート 3D ワークという観点でもう一つ考えたいポイントは遠隔地間の協調 VR です。XVL VR には、ある人の体験している仮想世界を、別の場所で別の人がヘッドマウントディスプレイをかぶれば同時に追体験できるという機能があります。日本にいる熟練者が海外拠点での新人の作業を確認し指導するとか、知見ある人が集まって仮想工場の中でトラブルの真因を議論するといった利用が考えられるでしょう。このように XVL VR は 「現場の現場による現場のための VR」 を目指して開発を継続しています。
実際に XVL VR の評価ユーザーからは、設計者と営業とで設計段階における製品の遠隔地レビューに使いたいという声も届いています。設計者と営業とが設計直後の 3D デジタルツインを共有して、VR 検討します。設計からは、VR モデルを利用して、新製品の設計コンセプトやアピールポイントを伝えます。営業サイドからは、新製品の操作性や既存製品の課題が解決されたかを設計モデルを体感しながら、設計者とともにレビューすることができます。
2011年3月11日大震災の翌週、首都圏の人々は、駅から溢れる長蛇の列で電車を待ち会社に向かいました。あれはいったい何だったのでしょうか。2020年緊急事態宣言の春、多くの人が在宅で勤務しました。この差は二つの要因で説明できるでしょう。一つはネット環境など IT インフラが整備されたこと、もう一つは緊急事態宣言により上司や取引先への忖度が打ち砕かれたことです。アフターコロナの時代には、リモートワークで生産性を上げることが必須になるでしょう。3D や VR の技術は、現場の生産性を上げるネタの宝庫です。
今回のお話はここまで。次回はまた新たな技術を紹介することで、これからの製造業の働き方を模索していきます。
・XVL はラティス・テクノロジー株式会社の登録商標です。
・その他記載されている会社名および製品名は各社の登録商標または商標です。
※ XVL VR:製品紹介ページ(サイト内ページにリンクします)
※ MREAL 対応ソフト:製品紹介ページ(サイト内ページにリンクします)
著者プロフィール
鳥谷 浩志(とりや ひろし)
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長/理学博士。株式会社リコーで 3D の研究、事業化に携わった後、1998年にラティス・テクノロジーの代表取締役に就任。超軽量 3D 技術の 「XVL」 の開発指揮後、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を 3D で実現することに奔走する。XVL は東京都ベンチャー大賞優秀賞、日経優秀製品サービス賞など、受賞多数。内閣府研究開発型ベンチャープロジェクトチーム委員、経済産業省産業構造審議会新成長政策部会、東京都中小企業振興対策審議会委員などを歴任。著書に 「製造業の 3D テクノロジー活用戦略」 「3次元ものづくり革新」 「3D デジタル現場力」 「3D デジタルドキュメント革新」 などがある。
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