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製造業 DX × 3D 成功のヒント|06. 似て非なるもの:二つの PMI
2022年4月26日
06.似て非なるもの:二つの PMI
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 鳥谷 浩志
一見同じように見えて実際には異なるものを 「似て非なるもの」 と言います。語源は孟子の言葉で、穀物の苗に似た雑草が田んぼに生えて紛らわしいということで、まがいものを憎むというニュアンスがあるようです。地球温暖化への対策なども、科学的に本当にそれが対策になっているのか疑問なものも多く、自社のビジネスに都合よいロジックを創っているだけというのも散見されます。憎む対象ではありませんが、「似て非なるもの」 として 3D 図面上の グラフィック PMI と セマンティック PMI を今回のコラムでは取り上げます。設計は 3D 化されても、製造現場は依然紙図面が主流です。そのボトルネックとなっているのが、製品製造情報の中でも図面上の PMI (Product Manufacturing Information) です。
日本の製造業の強みとして、図面に加工精度や加工の限界を設定する設計や生産技術部門の存在と、それを読み解く現場力があります。このような情報には、注記や寸法に加え、幾何公差があります。幾何公差には、基準に対してどの程度平行であるかを示す平行度、幾何学的に正しい平面からのずれを示す平面度などがあります。こういった PMI 情報を 3D モデル上で定義していこうという考え方が MBD (Model Based Definition) です。図1 に PMI 付きの 3D モデルの例を示しました。3D モデル上に PMI を記載したモデルは、図面の代わりになるだけでなく、製品のライフサイクル全体で利用できるものになります。これは、まさに 3D デジタルツインによるデータ流通と活用を提唱する XVL パイプラインのコンセプトと全く同じです。
本稿では、2021年9月に掲載した株式会社エリジオン CTO 相馬淳人氏との対談 (記事) を参考に、PMI の中でも特に 3D のアノテーション表現法について説明します。そしてさらに、2つの PMI 表現手法として、特に グラフィック PMI と セマンティック PMI について 5つの観点から整理してみましょう。
① 3D モデルはどう進化してきたのか?
かつて、3D モデルと言えば、CAE や CAM に利用する 3D 形状のことを言っていました。しかし、3D モデルを全社で活用しようとすると、製品構成や属性、PMI といったメタデータの重要性が増してきます。特に図面を置き換えようとすると、寸法や公差に加え、製品特性や管理情報といった図面に記載されている情報が非常に重要になってきます。
② なぜ、現場に図面が残っているのか?
現場のデジタル化が遅れていることに加え、たとえば、検査や品質の場面で重要になる寸法や公差が 3D モデル上に定義されることは少なく、多くの場合、図面にしか記載されていないためです。したがって、依然図面が情報伝達の効率的な手段となっています。現在でも、図面にある情報をどう表現するかが、セマンティック PMI の技術領域では議論されています。この領域でのルールが確立されて、3D モデルに PMI を記載することが当たり前になれば、紙図面に代わりに 3D 図面が流通する時代が現実のものとなってくるでしょう。活用しようとすると、製品構成や属性、PMI といったメタデータの重要性が増してきます。特に図面を置き換えようとすると、寸法や公差に加え、製品特性や管理情報といった図面に記載されている情報が非常に重要になってきます。
③ グラフィック PMI とセマンティック PMI、何が違うのか?
図2 に示すように 3D モデル上の PMI には、表示するだけのグラフィック PMI と、寸法や幾何公差の意味まで表現するセマンティック PMI の二種類があります。もともと図面は人が見て判断していたものであり、“ヒューマンビジブル” なグラフィック PMI が先行して利用されてきました。しかし、DX (デジタルトランスフォーメーション) の時代を迎え、後工程での自動化を見据えると、ソフトが自動処理可能な “マシンリーダブル” なセマンティック PMI が注目されるようになりました。見た目は全く同じ PMI ですが、見て人が判断するのか、ソフトで自動処理が可能かで、その後の活用の幅が大きく異なってきます。
④ セマンティック PMI で何ができるのか?
セマンティック PMI が定義された 3D モデルでは、3D モデルと対比させながら、PMI を表示できます。たとえば、どの PMI が仕上げ記号かソフトが認識できるので、仕上げ記号だけを表示することができます。したがって、それだけを取り出して、加工指示書を作成することができます。特に効果を発揮するのが検査領域で、公差を元に自動検査すれば検査指示書作成のムダがなくなり、検査結果をデータとして残して分析すれば、品質改善に大きなヒントが得られるかもしれません。
ラティスでも、セマンティック PMI 付きの 3D 図面を公開し、どんな嬉しさが体験できるのか製造業の皆さまと議論を重ねています。図3 をクリックするとセマンティック PMI 付きの 3D 図面の実際を体験することができます。中央下部の幾何公差や寸法をクリックすれば、それが 3D モデル上のどこに当たるかを確認することができます。右側下部の正面図、側面図をクリックすれば、それに対応する図を見ることができます。3D 図面が流通すれば、図面作成コストを減らし、紙よりも的確に情報を早く伝えることが可能になるでしょう。
⑤ なぜ、セマンティック PMI はなかなか普及しないのか?
実は、幾何公差の記載方法は現在も発展途上であり、それを誰がどこで入力するのがベストかといった議論も各社でなされている段階です。また、セマンティック PMI の入った 3D 図面を作成したとして、IT スキルが千差万別のサプライヤにすぐに展開できるのか、サプライヤのメリットは何かといった課題もあります。JEITA (電子情報技術産業協会) でも、利用するPMIの数を制限して、運用に乗せようといった議論がされているようです。また、JAMA/JAPIA (日本自動車工業会/日本自動車部品工業会) では、3D 図面普及のためのガイドラインを更新し、3DA モデルガイドライン V2.0 として、2022年 2月に公開しています。本格的な普及には、業界業種ごとに最適解を見つけていくという時間がかかりそうです。
ヒトとモノが関わる製造業の DX を進めていくには時間がかかる。これは、セマンティック PMI の普及にも当てはまりそうです。ここで思い出すのが米国の GE の IoT プラットフォーム 「Predix」 の話です。伝説の経営者と言われたジャック・ウェルチを継いだジェフリー・イメルトが注力したのが GE のデジタル変革でした。社内の IoT のための情報基盤を汎用化、IoT プラットフォーム Predix として展開し、GE デジタルを設立、一気に GE をデジタル・イノベーションの会社に変えようとしたのです。
しかし、その後失速していく Predix は 2021年に出版された 『世界 「失敗」 製品図鑑』 (荒木博行著、日経BP社) にも取り上げられています。GE は多くのノウハウ、エンジンのデータを収集し、航空機会社に最適な運航方法をコンサルするといった実績のある技術蓄積を持っています。多数の優秀なエンジニア、シリコンバレースタイルのスピード経営をしたにも関わらず、Predix はなぜ失敗したのでしょうか。それは、対象となる産業用機器が業界業種ごとに異なり、もともと社内システムだった Predix がそれに対応しきれなかったこと、IoT プラットフォームが時代の先を行き過ぎ、ユーザーたる製造業がついてこられなかったことにあります。
では、GE は失敗したと言えるのでしょうか。先の書籍には 「攻めた失敗」 が成功への近道だとあります。GE は少なくとも自社製品に対して、IoT でデジタル変革する能力を身に着けたことでしょう。それは今後の主力事業となる航空機事業に加え、エネルギーや電力制御事業にとって大きな力になるに違いありません。製造業 DX においても攻めの挑戦が必要です。そして、それは、まさにセマンティック PMI への取り組みにも当てはまるのではないでしょうか。ラティスでも将来を見据え、エリジオン社とともにセマンティック PMI に対応した技術開発を進めています。CAD で設計した PMI 付きモデルを 3D 図面として利用可能にしよう、そこから帳票を自動生成してしまおうという試みです。これからも、先駆的な製造業の皆さまとともに、新たな技術開発で DX に挑戦していきたいと考えています。
END
・XVL はラティス・テクノロジー株式会社の登録商標です。
・その他記載されている会社名および製品名は各社の登録商標または商標です。
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著者プロフィール
鳥谷 浩志 (とりや ひろし)
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長/理学博士。株式会社リコーで 3D の研究、事業化に携わった後、1998年にラティス・テクノロジーの代表取締役に就任。超軽量 3D 技術の 「XVL」 の開発指揮後、製造業のデジタルトランスフォーメーション (DX) を 3D で実現することに奔走する。XVL は東京都ベンチャー大賞優秀賞、日経優秀製品サービス賞など、受賞多数。内閣府研究開発型ベンチャープロジェクトチーム委員、経済産業省産業構造審議会新成長政策部会、東京都中小企業振興対策審議会委員などを歴任。著書に 「製造業の 3D テクノロジー活用戦略」 「3次元ものづくり革新」 「3D デジタル現場力」 「3D デジタルドキュメント革新」 「製造業の DX を 3D で実現する ~3D デジタルツインが拓く未来~」 などがある。
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