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製造業 DX × 3D 成功のヒント|07. 3D データ活用と集団脳
2022年7月5日
07.3D データ活用と集団脳
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長 鳥谷 浩志
少し前に放映された NHK スペシャルの 「ヒューマンエイジ、人間の時代」 という番組の中で、同時代を生きた二つの人類、ネアンデルタール人とホモサピエンスのうち、なぜ、われわれホモサピエンスだけが生き残ったのかという謎に挑んでいました。その回答が規模の大きな集団の知である集団脳と、それを支えるコミュニケーション力でした。
十数人で暮らすネアンデルタール人の持つ石器は 10万年たっても進化しないのに対し、数百人単位で生活するホモサピエンスの石器は常に改良が行われたというのです。しかも、コミュニケーションの力でその改善が継承され、さらなるイノベーションにつながっていくわけです。スケールの大きな話ですが、これは、われわれが直面する DX (デジタルトランスフォーメーション) にもつながってくる話でしょう。
図研のエレキ CAD 開発に見る集団脳
2022年3月、株式会社図研 (以下、図研) の技術を統括する CTO 仮屋さんと 対談 し、図研という日本の会社がなぜ、エレキ CAD の分野で世界をリードする会社になれたのかという謎に迫りました。当初、お絵描き (ドローイング) ソフトであった図研の CAD が、ロジック設計を経て、EDA (Engineering Data Automation) へと進化していきます。EDA では、ロジックと物性をデジタルで表現することで、電気電子設計のためのデジタルツインを構築し、現物がなくても CAD 上でプリント基板設計の検証を可能にし、DX の重要な要素の一つである自動化の領域に入っています。
このエレキ CAD 進化のプロセスで面白いのが、1980~90年代、隆盛を極めた日本の電機産業の発展を支えるように、図研の CAD 技術が進化してきたという事実です。ユーザーである電機産業がデジアナ混在製品からデジタルテレビやデジタルカメラなど本格的なデジタル化に対応していったことに同期して、アナログ回路全盛期にはドローイングソフトであったものが、デジタル回路時代には自動化ソリューションに変貌していくわけです。
この後、図研は海外の会社を買収し、その技術を吸収します。同時に、海外ユーザーを獲得しそのニーズにも対応することで、システム設計を支援する水準までその技術を進化させていきます。グローバルに技術者とユーザーを巻き込みながら、技術を進化させるプロセスは、まさに、ホモサピエンスが集団でコラボレーションをしながら、進化していく様を彷彿させます。このような集団脳の力を引き出し、コミュニケーション能力を高めることでイノベーションを継続するという視点で見たとき、ラティスの提唱する 「製造業 DX × 3D」 はどうなのか考えてみました。
これを (1) デジタル擦り合わせ、(2) デジタル現場力、(3) 設計 DX からダウンストリーム DX へという 3つの視点から考えてみましょう。
3D 活用で実践するデジタル擦り合わせ
3D CAD と PLM により、設計の周りでの 3D 情報共有は進んできました。これを全社レベルでの 3D 情報共有まで進めれば、もっともっと集団脳を利用することができるでしょう。
現在では、実機の双子と呼べる 3D デジタルツイン® にまで進化した XVL (eXtensible Virtual world description Language)。XVL により、実機の代わりに 3D モデルを利用して、製造やサービス視点でデジタル擦り合わせを実現することができます。
たとえば XVL VR には VR 体験を遠隔地で共有する機能も提供されています。コロナ禍で出張できなくても、国内外の拠点を結び、実機と同等の 3D デジタルツインを共有して、擦り合わせすることが可能になっています。3D データ活用によるデジタル擦り合わせは、集団脳を利用した設計品質の向上と呼べるものでしょう。
3D 活用で実践するデジタル現場力
次にユーザーである製造業の方々と取り組んだ各業務分野における 3D 活用について考えてみましょう。まず、最初に CAD の複雑な 3D モデルを軽量 XVL 化して、現場に持って行ってみると、次に造る製品はこうなっているのかと喜んでくれます。しかし、業務には使ってもらえません。なぜでしょうか。
それは、その 3D モデルは自分が見たいモデルではないからです。製造現場の方は自分が作業する工程の 3D モデルを見たいのであって、製品全体を表現した CAD モデルを見たいわけではなかったのです。
そこで XVL モデルを拡張し、3D デジタルツインの中に製造構成と組立手順を表現できるようにしました。こうして、製品モデルとその組立方法をすべて表現する 3Dデジタルツインが完成しました。自分の担当する工程の状態で 3D モデルが目の前に現れ、その組立手順が 3D 表示されたわけです。この瞬間、設計のものであった 3D モデルが現場のものとなり、現場で活用できる 3D モデルとなったのです。
こうして、製造視点で組立上の課題はないか、作業はしやすいかを 3D モデル上で検証できるようになりました。
この 3D デジタルツインから作業指示書を生成することで、工場では 3D 作業指示書を参照して作業を進めることができるようになりました。すでに多くの現場で XVL 作業指示書が利用されていますが、そこで利用者の方から指摘されたのは、画面と現物を見比べるのは手間だということです。複雑な指示になると、紙に印刷し、何度も何度も見比べないと理解できず、手間が大きいというのです。
そこで、今、開発に取り組んでいるのは現場の現物の上に、そのまま作業指示書を提示する XVL AR ソリューション (仮称) です。ビデオを見れば分かるように、現物の上に手順が表示されれば、不慣れな人も間違えません。現場の方とお話しすると、現物と情報を統合して、ものづくりの現場をこう変えたいというあっと驚くようなアイデアが次から次に飛び出します。
こうして、現場の方々との集団脳で、現場の現場による現場のための 3D 活用手法が進化し、それが XVL AR ソリューションとなって、さらに進化していくのです。 XVL AR ソリューションは近いうちに製品化する計画です。そして、このような 3D によるコミュニケーションによってものづくりの知恵を継承していくことができます。
設計 DX からダウンストリーム DX へ
2000年代初頭インターネット時代が本格化する中で、軽量 3D フォーマット XVL を開発した時は、「いつでも、どこでも、誰でも 3D」 という Casual3D というコンセプトでした。誰もが分かりやすい軽量 3D モデルをコミュニケーションの手段とすることで、組織の壁を越えて業務の並列化を進めませんかという提案です。今思えば、まさに、製造プロセスを変えて、集団脳を活かした業務に変えませんかということです。
現在では、これは設計で製品と同等の 3D デジタルツインを作成し、それで擦り合わせ、紙図面の代わりに 3D デジタルツインを流通させて現場力を引きだすというデータのパイプラインを構築するというコンセプトに進化しています。これを XVL パイプラインと呼んでいます。
米国発の Uber や Airbnb のようにまっさらな状態でビジネスを創造し、システムを構築するのと異なり、日本の伝統的な製造業には長らく親しんだものづくり文化があり、それを一朝一夕に変えることは大きな困難が伴います。できるところから少しずつ 3D ベースの仕事に変えていき、成功体験を積み重ねることで、徐々に 3D データのパイプラインを完成させていく、これを繰り返すことで製造業 DX × 3D を実現できないか、これが XVL パイプラインの根底にある考え方です。
幸い、PLM システムの導入によって、設計部門での 3D 化と DX は多くの企業で進んできました。これに加え、ダウンストリームの DX を進めることで、DX × 3D を企業全体に推進し、3D データを活用した集団脳によるイノベーションを加速していけるのではないかと考えています。
冒頭に紹介した番組の最後では、約2000年前の古代ローマの都市、ポンペイが火山の大噴火で歴史からあっという間に消えていったことを紹介します。何がこの衰退を決めたのでしょうか。それは自らの力の過信だと番組では指摘します。長引くウクライナ侵攻におけるロシアの独裁者の過信にもつながる話です。
今日、豊かで安心な社会であっても、必ず明日も続くわけではないのです。それは会社も同じでしょう。ラティスは、製造業の皆さまの知恵をもらって、皆さまと集団脳を築くことで明日の製造業 DX × 3D を築く技術開発にまい進していきたいと考えています。
END
・XVL、3D デジタルツイン はラティス・テクノロジー株式会社の登録商標です。
・その他記載されている会社名および製品名は各社の登録商標または商標です。
コラム 「製造業 DX × 3D 成功のヒント」 これまでの記事はこちらから
著者プロフィール
鳥谷 浩志 (とりや ひろし)
ラティス・テクノロジー株式会社 代表取締役社長/理学博士。株式会社リコーで 3D の研究、事業化に携わった後、1998年にラティス・テクノロジーの代表取締役に就任。超軽量 3D 技術の 「XVL」 の開発指揮後、製造業のデジタルトランスフォーメーション (DX) を 3D で実現することに奔走する。XVL は東京都ベンチャー大賞優秀賞、日経優秀製品サービス賞など、受賞多数。内閣府研究開発型ベンチャープロジェクトチーム委員、経済産業省産業構造審議会新成長政策部会、東京都中小企業振興対策審議会委員などを歴任。著書に 「製造業の 3D テクノロジー活用戦略」 「3次元ものづくり革新」 「3D デジタル現場力」 「3D デジタルドキュメント革新」 「製造業の DX を 3D で実現する ~3D デジタルツインが拓く未来~」 などがある。
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